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2013年4月

2013年4月24日 (水)

涸沢、24年秋

去年の話ですが・・・

 

涸沢へ行ってきました。

昨シーズンの紅葉は、近年稀にみる素晴らしいデキでした!

二日目の朝は、前の日の夜に降った新雪の白も加わってこんな景色に。

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色づきも最高でしたよ。

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朝露をまとったナナカマド。

まさに燃えるような赤です。

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涸沢小屋のバックには北穂高岳。

紅葉と青空をまとって朝日に映えています。

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あまりの景色に見とれるワタクシ。

この3連休はテント場は大混雑。

なんと1000張だったそうです。

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紅葉もきれいでしたが、テントのモザイク模様も綺麗でしたよ。

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遭難も何件かあって、長野県警山岳救助隊も大活躍。

映画「岳」に出てきたユニフォームそのまんまでした。

個人的には、このデザインはどうなの?って感じですが、

山の中では目立つからいいのかな。

 

大満足の3日間でした。














2013年4月14日 (日)

冬の上高地

2月の上高地は白と黒と青の世界。

沢渡駐車場に車を置き、タクシーで釜トンネルまで移動。

そこから、のんびり歩きだします。

釜トンネルを抜けて、大正池、田代池、河童橋へと3時間。

この日は気温が高く雨。

つらい道のりでした。

河童橋を過ぎるとようやく雨も小降りになり、徳澤園までさらに3時間。

いやー疲れました。

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ホームページには記載はありませんが、徳澤園は冬季も営業中。

食事の提供はありませんが、暖房のきいた部屋でゆっくりと眠れます。

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朝起きて外へ出てみると快晴。

月がくっきりと見えます。

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そして朝日が昇ってくると、目の前の明神岳が赤く染まります。

モルゲンロート。唯一のオレンジ色。

息をのむ瞬間です。

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日が昇り切ると紺碧の空と真っ白な山に戻ります。

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梓川の河原に出ると、そこは広大な雪原。

明神から川上は完全に雪に埋もれています。

スノーシューでバフバフ歩くと楽しい!

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昨年もであったケショウヤナギの大木。

凛としたたたずまいに畏怖の念を感じます。

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大正池まで戻ると焼岳が青空の下、どぉーんと構えてました。

これを締めくくりに上高地を後にしました。

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最後にひとつ。

徳澤園名物「野沢菜」。

出てきたときはまだ凍っててシャリシャリ。

最高に美味しいです。

重たいけど焼酎は必携です(笑)

いつもごちそうさまです!

仏果山

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今年初の山登り。

地元、神奈川県の高取山から仏果山へ。

仏果とは変わった山名なので、Wikipediaで調べてみると、

室町時代のはじめ、清川村にある正住寺を開いた仏果禅師が

この山で座禅修業をしたことが、山名の由来とのこと。

仏果とは、仏道修行の結果として得られる、成仏(じょうぶつ)という結果のこと。

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登山道はしっかり整備されていて快適。

明るい山容でとても気分がいいです。

山吹やスミレなど花がきれいに咲いています。

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この時期は花が沢山咲いていて気分がいいですね。

そして青空に映える新緑。

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心に元気が湧いてくる感じ。

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そうこうしているうちに高取山に到着。

標高700m。

頂上には物見櫓が建てられ、東京の高層ビルから湘南の海まで見えます。

気持ちのいい山頂でした。

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頂上からは宮ヶ瀬ダムの眺めもきれい。

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丹沢山系の塔ノ岳はすぐそこに。

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馬酔木の花。

たくさんかたまって咲いててきれいです。

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そして仏果山頂へ。

ここも高取山と同じく気持ちのよい山頂でした。

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大きくて立派なヤマザクラの花びらが雪のように舞ってましたよ。

やっぱり山はいいなぁ♪




2013年4月 7日 (日)

新年度

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スノーシューで遊んでいるうちに、新年度を迎えてしまいました。

 

このブログも久しぶりです。

 

昨年、一ヶ月半も会社を休む大病をして思ったこと。

織田信長の時代、人生50年・・・と謡われた。

先日行ったセミナーで講演したドクターが言っていた。

生物としての人間は、昔も今も変わっていません。

 

そもそも動物は生殖機能を失う時が、存在価値を失うときだそうです。

そういう意味では、50歳は生物としての人間の限界点だそうです。

 

昨年煩った腸閉塞も加齢が原因とのこと。

信長の時代であれば、治療することもできず死んでました。

上で書いた説はある意味正しいと実感しました。

 

今やるべきこと、今できることをやっておく。

ギアをトップに入れて目一杯走ろう!

退院してしばらく静養して思ったのでした。

 

その働きが認められたか、この4月から三たび部長職になりました。

68人の部下と会社と自分のためにがんばらなきゃなぁ。

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